「物」を創る。

 去る10月30日(日)の午後、展覧会の開催を記念した平井章一先生によるギャラリートークが開催され、全国各地から集った熱心な来館者が豊かな時間を共に過ごしました。

 前半では、レクチャールームで大型モニターに『具体』時代の貴重な画像を投影しながらの講義を受け、後半では展示会場に移動して浮田作品に囲まれながら現代美術作家浮田要三の神髄について明晰かつ平易な解説を拝聴することができました。

 以下に、展覧会案内チラシに平井先生が寄稿された「浮田要三の絵画」から引用します。


 浮田が1990年代から2000年代にかけて個展の案内状に記した文章には、何度も「物」という言葉が登場する。ここで浮田がいう「物」とは、「ボク自身の存在」、「ボクの『今』在る証し」であり、それは彼にとって“ 絵画”や“作品 ”という言葉が持つ造形的で感覚的な響きよりもずっと重厚で、深遠な意味を持つものであった。


 レクチャーの白眉(はくび)も、ここに述べられた「浮田要三にとっての『物』の意味」にあったように思います。

 浮田要三という作者の名前すら消えて、自ら創り出した「物」が浮田要三とは別個の存在としてこの世界に生まれることを理想とした、というお話は、強く心に残りました。

 このひたむきなまでの「物」を創ることへの執着について思いを馳せながら、『きりん』166冊の前に佇んでいた時、浮田さんが絶賛した1枚の表紙絵が目に留まりました。


        『きりん』第8巻第10号表紙絵 絵:金原美智子 


 それは、『きりん』第8巻第10号(1955年10月)の表紙絵でした。

 色とりどりの表紙絵の中にあって、決して派手ではなく、むしろ見逃してしまうほど地味な作品と言えるでしょう。

 この絵の誕生について、『きりんの絵本』で浮田さんが思い出深く述べておられます。


 その日の画材は、安物の薄手ボール紙と水彩絵の具でありました。大方の子どもも、単に絵の具で描画するのではなく、水彩絵の具でぬれた処を指でこすって、モロモロの状態にして、それに絵の具をぬって絵の具がボヤけて、面白い調子ができて、意想外の作品があちこちで生まれはじめました。しかし金原さんは、そのボール紙をどっぷりとぜんぶ水につけてグニャグニャにしてから、タテ、ヨコに5センチ程に折り曲げて、それをひろげて市松模様にして、1つおきの四角に指でこすり上げてモロモロの面をつくって、その面にだけ薄い墨汁を塗って作品をつくりあげました。できあがった時の作品は水でボトボトの状態でしたが、金原さんはそんなことには気をつかわず、そのまま机の上にべたっと置くのです。そして、だまって見ているだけです。ここで面白いと思ったことは、いきなりボール紙を水に全部つけてボトボトにすることと、でき上った時も、ぬれたそのままの状態で、ほとんど無表情でいたことで、金原さんの心の強さみたいなものが垣間見えたようで、とても胸を打たれました。

 今は、ボクも自分の感性に基づいて、作品を制作している身分ですが、本当にこの金原さんの制作姿勢にあやかりたいと、ひとえに切望するものです。


 半世紀前のある日の教室での出来事を、今見て来たかのような筆致で描いておられます。続けて浮田さんは、彼女の書いた詩を紹介されます。


 じゃがいも


 じゃがいもむいた

 じゃがいもおちた

 じゃがいもひろた

 じゃがいもほった

 じゃがいもつぶれた

 じゃがいもとうとう

 げたでつぶれた


 詩以前の詩のように思えますが、これ以上の真実はないようで、ボクは胸打たれました。ボクの感性は、揺り動かされました。


 今回、展覧会場を埋めた作品はそのほとんどが1990年代以降、つまり1924年生れの浮田さんの65歳から最晩年までに制作されたものです。平井先生により「すがすがしく澄み切った境地」と表現された浮田要三の精神が、圧倒的な力で空間を充たしています。

 そして、上に引いた2008年の文章に漲る臨場感と共振もまた、そのままの純度を保ちながら『きりん』166冊の壮観な壁面に横溢しているのです。

 正しく、浮田要三の名前をはなれた「物」たちが、独立した唯一無二の存在として、この世界に位置を占めている。この真実に、あらためて心を揺さぶられる自分がいます。

 会期終了の前日には、『きりん』から詩を借りた“かりきりん ”のお二人によるライブがこの空間の只中で行われます。まちがいなく、お二人にとっても一世一代のステージとなるにちがいありません。浮田要三の作品群と『きりん』166冊の前で、『きりん』の子どもたちの詩をメロディに乗せて運べるのは、この世界でお二人しかいないからです。

 あらためて、一人でも多くの皆さんに「浮田要三と『きりん』の世界」に浸っていただきたいと願っております。会場でお会いできることを楽しみにしております。

                             (2022年11月2日) 


 




 


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