来る9月15日は、現代美術作家・浮田要三生誕百年の記念日となります。
「浮田要三と『きりん』の資料室」では、小﨑唯さんをはじめ関係者各位のご協力により
児童詩誌『きりん』を創刊号から一冊ずつ読み進めて来た成果を「焼け跡の『きりん』」と題した中間報告書にまとめました。
一昨日に校了し、目下印刷中ですので、記念日には発刊の運びとなります。
(「焼け跡の『きりん』より 本文書き出しのページ )
お読みいただいてる当ブログと並行して、概ねこの春から原稿執筆を重ねて来ました。
今回は、1948(昭和23)年2月の創刊号から1951(昭和26)年12月号までの計41冊の内容を扱いました。創刊当初の誌面には、井上靖、竹中郁の両詩人が関西文壇で築いていた豊かな人脈を彷彿させる啓蒙的な文章も多く、フォーマルな印象を受けます。
10号までを発刊した時点で、尾崎書房の経営難により5カ月間休刊となりますが、このブランクが、結果的には『きりん』に豊かな内容をもたらしたようにも考えられます。
詳しくは完成した冊子をお読みいただくとして、以下には校了を迎えるまでの過程で私が個人的に感じたことや考えたことを記しておきたいと思います。
パソコンに保存された「児童詩誌『きりん』精読ノート」の最初の日付は2023年4月21日となっています。以来、私は基本的に水曜日と金曜日の週2回、長野県上田市にあるEditor’s Museum「小宮山量平の編集室」に通って『きりん』を読ませていただきました。
昨日8月30日で、この訪問は計74回を数えましたが、この間1956年3月号までの合計92冊を精読することができました。
本来『きりん』は月に1回、教室や家庭に届けられる月刊誌でしたので、読者はおそらく一か月の間次の号が発刊されるまで、何回も読み直しながら過ごしたことでしょう。
幸いなことに、私の前にはあらかじめ大阪時代に発刊された合計166冊がまとめられてあるため、間断なくその誌面を辿る作業を1年半継続することができました。
途中から感じられたのは、『きりん』の装丁やデザインといった外形のみならず、全国の教室や家庭から寄稿された子どもたちの作品が創り上げるその内容が着実に豊かに育ち続けてゆく過程そのものでした。まるで、子どもが心身ともに成長する様を見るようです。
少し想像をふくらませると、井上靖、竹中郁、坂本遼、足立巻一らの詩人も、尾崎橘郎、星芳郎、そして浮田要三の編集者も、戦後の焼け跡の貧しい生活の只中で、我が子を見守るのと同じ愛情をもって、『きりん』とその寄稿者(読者)を大切にしておられたの違いないと思われます。
もう一つは、初期の縦長サイズの時代を別にしてそのほぼ全ての表紙絵を選んだ浮田さんの、子どもの絵画作品に向けるまなざしの深化を生々しく実感することができたことです。
自ら「アバンギャルドな」と称されたその着眼点(思想の根)が、一流の抽象画家との親交によって推移する様子が臨場感を伴ってひしひしと伝わって来ました。これは、浮田さんの編集者としての業績をクロニクル(年代記)的に辿る行為のもたらす特別な成果でしょう。
月ごとに数を増して行く、「詩」や「作文」や「表紙絵・挿絵」のすべてに触れることは叶いませんでしたが、可能な限り『きりん』の生きた時代の空気を現在に伝える内容を抽出するように努めました。
私は、2022年に小海町高原美術館で開催された「浮田要三と『きりん』の世界」展にはじまり、昨年2023年に没後10年を記念して開催された4つの展覧会にかかわらせていただく中で、新しい視点を与えられました。「現代美術作家浮田要三の残した仕事」とは別に、「何が現代美術作家浮田要三を創ったのか?」という問いが生れたということです。
そして、今回、中間報告である「焼け跡の『きりん』」をまとめる過程で、この問いへの答えに多少なりとも触れることが出来たように感じています。
そして、これが、浮田さんの個人史にかかわる事柄であるだけでなく、おのずから日本の戦後史、あるいは戦後の美術史、文学史、教育史にもまたがった重層的なテーマであることが徐々に明らかになって来ました。
未だに終りの見えないウクライナやパレスチナでの無辜の子どもたちへの殺戮行為に日々接しながらこの透き通った『きりん』の歴史を繙く作業は、私の人生でも忘れがたい時間となりつつあります。
読者の皆さまに今後も私の「発掘」作業を見守っていただければ、この上ない幸せです。
資料室への、資金面でのご支援も引き続きお願いしております。
(2024年8月31日)
【ご案内】
「焼け跡の『きりん』は1,100円(税込み)でお分けいたします。(送料等は別途)
発行予定日:2024年9月15日(日)
興味関心のおありの方は、下記までメールにてお問合せください。
「浮田要三と『きりん』の資料室」 宮尾彰 e-mail miyao.0107@gmail.com
謝辞:「『きりん』を読む」連載に当り、長野県上田市のエディターズミュージアムによるご配慮に、心から感謝いたします。 ⇒Editor'sMuseum (editorsmuseum.com)
Comments