かりきりんライブ


         障子の桟にちょこんと乗ったライブのプログラム


 昨日11月11日の金曜日も、引き続き穏やかな小春日和でした。

 会期末も迫った美術館の受付けで職員の方と名残惜しさを語り合っていたところへ、玄関のドアが開いて小柄なご婦人が一人、入って来られました。

 聞けば、初日にも猿澤恵子さん(今回、展覧会のタイトルとリーフレットのカットを担当されたアーティスト)とご一緒に関西からご来館くださった方でした。

 「かりきりんのライブがどうしても聴きたくて、やっぱり、また来ちゃいました」

 このために、わざわざ宿を確保して前泊されるそうです。

 写真は、「かりきりん」でコントラバスとボーカルを担当される宮田あずみさんが作ってくださったプログラムの表紙です。戦後も今も変わらない、日本人の情緒が感じられます。

 裏面には、今回歌われる14曲の歌詞が紹介されています。歌詞とは、つまり『きりん』に掲載された子どもたちの詩作品のことです。

 詩の題名 作者の名前 学校の名前 掲載された『きりん』の発刊年度と号数。

 これらの情報が、淡々と記されていますが、これは、浮田さんが編集・レイアウトを担当された当時の『きりん』の体裁そのままです。『個人情報保護法』もありませんでした。

 今回の展覧会で、展示し切れなかったものがあったとすれば、それが『きりん』を開いた中に集められた、子どもたちの詩と作文でした。『きりん』全巻166冊の表紙絵を壁面に展示したので、一冊一冊の中身まではお見せできなかったのです。

 第1展示室のモニター画面と、第3展示室のガラスケースに4冊ページを開いた形で展示させていただきましたが、『もっと中身を見たかった』と感じられた来館者の方も多かったと思います。

 ここでご案内をさせていただくと、展覧会が終わると、この『きりん』全巻166冊は、

北陸新幹線の上田駅前にある若菜ビル3階『エディターズミュージアム』に返却されます。

館長の荒井きぬ枝さんが、亡きご尊父と灰谷健次郎さんから託されたこの『宝』を人知れず守っておられるのです。子どもたちの詩や絵は、そこで静かにあなたを待っています。


           もうじき上田に帰る『きりん』全巻166冊  


 いよいよ今日の午後2時から、壁面を埋めた『きりん』の前で、お二人のデュオが聴けることになりました。

 たまたま、私は昨日の夜、長女の小﨑唯さんからお預かりしていたDVDで2013年5月に大阪のラッズギャラリーで収録された「かりきりん」のライブを聴きました。

 浮田さんがお亡くなりになる直前のお姿も偲ばれる、和気あいあいとしたステージです。

 お二人の演奏をお聴きしていると、あらためて『きりん』が「児童詩誌」であったことが思い起されます。ここで、とても大切だと思われる加藤瑞穂さんの文章を引用します。


 その『きりん』の話題が出るたびに浮田さんから聞かされたのは、『きりん』に注目する詩人や文学者は、あくまでも詩や綴り方に目を向け、表紙絵の良さは必ずしも理解されないという複雑な胸中であった。実は『きりん』を発刊していた当時も、選評の諸氏ですら表紙絵については何も語らず、浮田さんの選択が果たして良いのか、半ば心配する向きもあったという。しかし浮田さんはそうした状況に目もくれず、『きりん』に関わり始めたごく初期から、人の心を打つ詩・綴り方と図画工作とを全く同等の視点に基いて評価していた。言葉と造形要素という素材の違いはあっても、それぞれの固有な性質を存分に生かし、既存の意味や形式から逸脱するほど強く各自の思念を結晶化させているか否かという点が、浮田さんの判断基準であった。特に子どもの場合、素材の特性や制作のただ中での感覚的な発見に対する驚きと熱中を素直に表していることが多く、その部分こそ浮田さんが終生魅了され、ご自身の制作でも尊ばれた点であろう。

 詩と絵というジャンルの違いを超える、この創造の原初的部分をどう捉えるのか。それはこどもの創作物にとどまらず、芸術全般、さらには芸術について言葉で語り、解釈し、批評するという営みに対する問いかけにもつながっていく。芸術作品を前にして、何を見、何を語るのか。浮田さんとの交流を通して投げかけられたその課題は、私の芸術観の深部に今でも繰り返し顧みるべきものとしてあり続ける。芸術の根っこを常に凝視するという精神の在り方を、造形作品と言葉、そして生き方そのものを通して教えてくださった浮田さんに心より感謝申し上げ、改めてご冥福をお祈りしたい。


                             (『きりん』の絵 より)


 加藤さんによる浮田要三へのオマージュの延長線上に「浮田要三と『きりん』の世界」展が成立したのだと、私は今しみじみと感じています。

 今日は「かりきりん」のお二人によって楽曲となった『きりん』の詩が会場に溢れます。浮田要三というかけがえのない美しい人間の具体化(EMBODY)した、真実(TRUTH)への希求がそこに充満するでしょう。

 終りに、心からの敬意を籠めて、かりきりんのプロフィールをご紹介しておきます。


 戦後間もない1948年より23年刊発行されていた児童詩集『きりん』の詩に音を付けて歌っている。コントラバスと歌というシンプルな編成ながら、子どもたちの素直な目線から紡がれる日々の驚きや発見を、みずみずしくも鋭くユーモア溢れる音世界で彩っている。 

 京都の山奥、美山の集落で受け継がれる盆踊りや歌やわらべうたを幼い頃から歌ってきた下村よう子のおかしみと悲しみを湛える歌声と、歌心と共に独特の切り込み感覚を持つ宮田あずみとの長年連れ沿った息の合った演奏をお聴きください。


 ※枚数に限りがありますが、会場で「かりきりん」オリジナルCDも販売いたします。


              かりきりん長野ツアー第一弾


             「浮田要三と『きりん』の世界」



    


 

 

 

 


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