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たったひとりのためにある映画「怪物」



映画「怪物」を5回観た。振り返ると毎週1回観ていて、シナリオも時間をかけて読んだ。

坂元さんのシナリオのどこを削除したのか、観た人の想像を膨らませる是枝さんの削除の余白。


一昨日は城北小学校にも行ってみた。

富士見町のトンネル以外はおおむねわかる場所だが、

あらためて歩くと気が付くことや感じることがたくさんあった。

たまたま城北小学校の校庭を犬の散歩している方とお話しできた。

「映画のロケ地を私みたいに来るのは迷惑ですか?」

「だいじょうぶですよ。うれしいですよ。私はまだ見てないけど、音楽がいいわよね。あと夜景がきれいですよ、ここね」諏訪湖はみなさんの自慢の湖。

反応にほっとしてまた小学校近辺を歩いた。


城北小学校から諏訪湖がどんなふうにみえるのか、

星川よりくんが突き飛ばされた坂道は美しい諏訪湖から一直線にのぼる坂、

あと保利先生もこの坂を走った。

伏見校長先生と麦野湊くんが楽器を吹いた場所も立ち入り禁止の正面玄関入口からすこしずれた所に立ち、

そこから3階くらい見上げてあたりを付けた。

母親の麦野沙織さんが車を止めるときぶつけた場所にわたしも駐車してみた。

歩くと映画をただ見るのと違う感覚が立ち上がった。



























人権とか、インクルージョンとか、日常になじみのない難しい言葉は伝わらないことがほとんど。ひとは簡単ではないし、自分も簡単ではない。自分でもまだ知らない闇とともに日々を生きている。




かつて何度も「あなたの言いたいことはこれね!」と無理やりまとめられ、走る自動車から自分で転げ落ちて逃げおおせたシーンを見てうなずいた、私もだなあ。(まだ逃げおおせていないのかもしれないけど)






6月3日以降は、ぷれジョブの問い合わせには、映画「怪物」を見てくださるといいですよと伝えている。「親は気を遣うんだよね」というのが思春期のセリフ。親は子どもの声を聴きとれない。ダメ教師の烙印を押された保利先生や伏見校長に救われる。だから他者に子を託す。

小5から高3がぷれジョブ期。映画導入、小5の湊と母沙織はマンションのベランダから並んで外を眺めている。すでに同じ景色を見てはいない。思春期にともに生きたいと思うのは母でなく、好きな子と。「思ってもいないことは言わない」といじめた子に言う星川よりを人間モデルにした湊。自分の気持ちを表出する、頗る健全な人間だ。


巣立ちの準備をする順調な小5をかわいそうだという、大人ひとりひとりが社会の枠になっている。それを点検してほしいと設定したぷれジョブ🄬1時間。


『この物語は、自分は《間違わない》とか、《加害性はない》と信じている人(そう思って暮らして来れたラッキーな人)には、響かないだろうな、と思いながら観る。「悪者」を見つけて批判して安心するタイプには「で?」という映画だからだ。(もしくは単に「子どもたちカワイソウ~」で終わる)

しかし、この映画の凄いところは、その「響かないだろうな」という先に響かせたいという願いが、役者含めて関わる全部門の技術の高さでかなり叶えられていると信じられるあたりだと思う。結果、モヤモヤする人続出。モヤモヤすればいいのである。

モヤモヤを作品の不出来のせいにするのは、全く逆なのだ。と思う。

そして、映画にプラスして、最後のショットがこのフライヤー画像であると気がついた。そこで解釈が変わる。なるほどなー。

(以上谷瀬未紀さんの文章)



チラシの写真は最後のシーン、鑑賞のあいだの時間が私を育てているから、毎回感じ方も変わる。1回から4回目の鑑賞では、最後に生きている2人に光とすがすがしさを感じた。

5回目はもしかしたら他者の感想が影響したのかもしれないが、2人は死んでいると感じた。そして、死んだ2人の子がおとなのつくる排除社会を射抜いている。「健全な育ちを遮る酷い社会だった」とあの世からこの世を見ている。


生まれてそのままを生きることができる社会を子らに遺す努力をあきらめない、そういう先ゆくおとなに私はどこまで熟せるだろうか。6回目はどう感じるだろうか、自分の変化を楽しみにしている。


あと地域性を感じるひとつのバロメーターがある。

6月3日 観客8人(佐久アムシネマ・金曜20時)1日5回上映レイトあり

6月4日 観客10人(佐久アムシネマ・土曜20時)1日5回上映レイトあり

6月11日観客200人↑(倉敷イオンTOHOシネマ・日曜日)  1日4回上映

6月12日観客200人↑(倉敷イオンTOHOシネマ・11日とほぼ同じかすこし多いくらいしかも月曜日だから驚いた)1日4回上映

7月2日  観客1人(佐久アムシネマ・月曜17時)  1日3回上映レイトなし

関心をもつ大人は多い方がいい。これからでもぜひ。



映画「怪物」はたったひとりのためにつくったと是枝監督も脚本家坂元さんもそれぞれインタビューに答えている。また最後に流れる「AQUA」という曲も坂本龍一さんが30年前、たった一人のために作曲した音楽だ。あなたのためにこの映画はあるよ、と感じる。50年ぶりに昨日から坂本龍一さんの「AQUA」のピアノ練習を始めた。祈ることはできる。



*マップは倉敷では配布がなかったので長野県だけの配布のようです。

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