はなうたをうたって生きるひとから学べたら。世間の評価軸から降りて遊ぶ。




8月28日(土)ぷれジョブ対話会。


イベント | 一般社団法人ぷれジョブ (purejob.net)


今回は

「高校1年生の仲村伊織さんの今をめぐる話」がみなさんとつながる媒介です。

いっしょにお話をお聞きしませんか?


保護者の方や隣近所さんや周りの大人の考え方が少しでも変わるには何ができるかな?

ぷれジョブ®が持ち続けている問いです。



「子ども」のことばの定義ですが

「自分の子ども」と取れば死ぬまで子どもですし、

「子ども時代」と取れば、短い育ちの旬の時間。

ぷれジョブ®でいう「子ども」は「小5から高3」、

「子ども時代」のコトを指します。


短い子ども時代に潜んだ子どもの絵柄がひとつでもたくさん出るといいなと思います。

好きな絵柄、嫌いな絵柄、そりの合う絵柄、合わない絵柄、、、

子どもの中にある「出会う力」を妨げないよう

ただそれだけできたらいいのかなあと思います。


心理学ならば「ジョハリの4つの窓」のこと、

河井寛次郎さんのことばなら、

「 この世は自分を探しに来たところ、この世は自分を見に来たところ。」

「 鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥。 」

「 私は習慣から身をねじる、未だ見ぬ私が見たいから。」

「まだ見ぬ自分に出会うため」


おとなもこどももあそび喪失気味。

ぷれジョブ®であそんでください。




以下、伊織さんの保護者の美和さんの一昨日の投稿です。

子どもの今から、

社会への問いかけなさる歴史は

きびしいけれども

いつもおもしろくおかしくユーモアに変えて

いろんな絵柄で取り巻かれてしあわせそうです。




伊織は毎週末、CILイルカの自立生活体験室で過ごしている。

掃除、洗濯、料理もヘルパーのサポートを受けて自分のペースとタイミングでやる。

いずれは親元離れて独立して生活していく。

その生活の場は施設ではない。

沖縄で私宅監置されていた人たちの「いのちの痕跡」を、這うようにして記録してきた映画がある。絶望的な闇の中に閉じ込められたまま死に至った、あるいはそこからかろうじて生還した人々の記録映画。

「夜明け前のうた 消された沖縄の障害者」

この映画があることは知っていたけども、レポート記事を読んで、改めてこの社会は何ということをしてきたのかと、怒りで涙が血に染まりそうになる。

でも、じゃあ、今は変わったのか、

これは過去の話なのか、

私宅監置と、精神病院と入所施設と、

何が違うの。同じじゃないの。

本人のためと言うけれど、そうじゃないでしょう。自分が面倒を見きれないから「仕様がない」。

親なきあとは、施設で誰かに面倒を見てもらわないと生きていけないから「仕様がない」。

「面倒を見てもらう」

当たり前のようにしてこの言葉をよく聞かされるけど、これで守っているつもりなのだろうか。

本当に守るべきは本人の尊厳だろう。

そこからスタートして考えていかないと

おかしなことになっていく。

「仕様がない」

本当にイヤな言葉だ。言うほうは責任を負わずにすむ。でも言われたほうは、この一言で可能性も希望も全て断ち切られる。

翼をむしってトリカゴに入れて、

「痛い、痛い」「出たい、出たい」という本人の声を、自分たちと同じ「声」とは認めない。

この狂った感覚を「正常」と思っているこの社会で、伊織は生きていかなければならない。

さあどうやってその常識を変えていくのか。

私だったら「ぶち壊す」と乱暴に言ってしまいたいところだけど、、

伊織はそうじゃないだろうなぁ。

本人を見ていると、ハナウタ歌いながら、飄々とこの狂った感覚に飲み込まれず生きていくようなイメージ。

その力を伊織自身がつけるために、

だからこそ、「今」、伊織が「やりたいこと」を、出来るようにしていく。

「出来る」ためのサポートは、伊織に、

というより、親である私たちや行政や周りの考え方の「変革」のためのサポートが必要なんだろう。



体験室ですごす動画と、お昼ご飯を食べに、行きつけの食堂のおばちゃんに花を持っていったときにヘルパーさんが撮った写真が表紙の写真です。



以下もクリックしてみてください。動画が出てきます。


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