ふしぎなともだち・たえちゃん・伊織くん。こんなつながりをおとながうばってきたのかも、、。もう一度。

更新日:8月18日


2011.7.17(火)のブログ 



たえちゃんのこと

 たえちゃんのことを最近よく思いだす。

 その頃、近所のおばさんたちは口をそろえて「たえちゃんところのお豆腐が一番おいしい!!!」といっていた。

たえちゃん と たえちゃんのおかあさん と たえちゃんのお姉さんは 朝はやくから 総出で手間暇かけて 本物だけでお豆腐とお揚げを作っていた。たえちゃんのお父さんは戦死していて たえちゃん家族は食いつなぐためにお豆腐屋さんを始めたのだ。そして、私が生まれた時には もうあたりまえにそのお店はあった。

 わたしのおつかいのレベルが少し上がったころから 歩いて1分のところにある たえちゃんちのお豆腐屋さんまでちょこちょことおつかいによくいっていた。おつかいができたら、父だったか母だったかに褒めてもらった温かな記憶がかすかに残っている。

 お店に行くと たえちゃんが出てきて お鍋に入れてくれた。

たえちゃんは胎児性の障害を負っていて お金を確認するときは手に眼をこすりつけるようにして 数えていた。

よく見えないのだった。

眼球も飛び出していた。

でも それが「おいしいお豆腐のたえちゃん」だったから いつもあたりまえだった。

 揚げたての生揚げ(中がお豆腐の状態のもの)は特に最高で 少しのお醤油とすりおろしたショウガだけで何枚も食べることができた。夏休みのほとんど毎日、生揚げを食べていたころもあった。

 たえちゃんはいつもおなじだった。

 いつ出会ってもおなじだった。

 いつもの お豆腐屋のお姉さんだった。

 そして ある時 お店から姿がなくなって 亡くなった。

なんて 自然だったんだろう。

たえちゃんを取り巻く家族のひとたち、私も含めてお豆腐を買い続けた近所の人たち。

特別なことは何一つなかった。

生まれてきて みなで居場所を作って 役に立って この世を去っていくこと。

すぐそばには いつもこんな風景があって 私を包んでくれていたんだ。

お店はもうないけれど うれしくて懐かしくて 温かな気持ちになる。

 長い年月を経ても 彼女たちの「はたらく」は ひとを刺激する。

 ぷれジョブの原型は ここにもあったのだと思う。


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 8月28日(土)13時から15時 どなたでもご参加ください。

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