1998年春から約1年間、73歳の浮田さんは綾子夫人と共にフィンランドの地方都市フォルサに滞在して、意欲的に作品制作を続けられた。
私は最近、東京練馬区に上條満代・Leif夫妻をお訪ねしてフィンランド滞在時の浮田夫妻の生活について半日お話を拝聴する機会を得た。このときはじめて語られた現代美術作家・浮田要三の日常生活には、創作の核心に触れるいくつもの大切なテーマが含まれていた。
その中からひとつ、その後の浮田作品にも反映された魅力的なエピソードを紹介したい。
ある日、満代さんを訪れた浮田さんが、息を弾ませながらこう語ったという——
「満代さん、いいもの見つけました!買い物に行く途中で、水たまりを見つけたんですが、それがまったくの円なんですよ!雪解けの水が溜まって、それが円になってたんです。ボクは、それを画にしますよ。」
このエピソードに触れた瞬間、私は長年抱いて来た疑問への答えを得た。矩形の多い中で浮田作品にまれに登場する円形のモチーフの原点は、ここにあったのだ。
『浮田要三の仕事』(2015年りいぶる・とふん刊)を参照しながら、浮田さんが「円」をモチーフにした作品を確認すると、次のようになる。
84~85ページにかけて、フィンランド滞在中に制作された2つの作品が見られる。
5-1-4のRed Circle, Blue Circle、5-1-7のEpigone of Childである。
おそらくこれらが、浮田さんが円を描いた最初の仕事であろう。
その後円が画面に現れるのは、2005~2008年にかけてで、『金の丸 一生懸命』をはじめとする5つの作品が現れる(174~175ページ)。3年後にも5つの作品が制作されるが(218~219ページ)この中には楕円に変形されたバリエーションもある。
注目すべきことに、最晩年に再び浮田さんは円を描いておられる。246~247ページに7-81~84として見られる一連の作品(2012年)だ。
次の写真は、一般社団法人ぷれジョブの西幸代代表理事が2013年3月に東京西麻布のTAKE NINAGAWAで開かれた個展で譲っていただいた作品である。
タイトルは『白丸』、キャンバス裏面に最晩年2013年のサインがある。昨年、小海町高原美術館での展覧会では第三展示室の最後に置いていただいた。
TAKE NINAGAWAの個展では、玄関を入った正面にこの白一色の作品が置かれていた。
カジミール・マレーヴィチが遺した『白の上の白』にも匹敵するこの1点には、88年の歳月をかけて研ぎ澄まされた浮田要三の哲理が具体化されている。
浮田さんのユニークな言動と不思議な魅力に充ちた生活に直に触れた満代さんは、浮田作品の核を「作品そのものが『空間』とマッチすること」と洞察される。確かに、浮田さんの「空間の捉え方」は常に厳しい精度に貫かれていた。
フィンランドの透き通った気候と風土から「円」のシリーズが生れたことは忘れがたい。
これらの「円」は、キャンバスにではなく、大地の上に描かれているのだ。
2023年7月 浮田要三没後10年の記念に 宮尾 彰
Comments