教育って、学校って何だろう?

昔、北村小夜さんの「一緒がいいなら、何故分けた」という本を読んだ。

今で言う特別支援学校(当時は養護学校と呼んでいた)に分けられる子供たちの教育を反対し地域に普通級にいる事が大切であると、教員であった北村さんの自らの体験を通して書かれた本である。


1979年養護学校義務化が開始された。表向きには,その前年に廃止された重度障害児に対しての就学猶予が廃止され、学校教育法に書かれている「どんな子も教育の機会を保障する」を完全実施するため、就学猶予すなわち「あなたは障害が重たいから学校に来なくていいよ。教育課程は免除してあげる」というもので、ずばり言うと「足手まといの障害などがある子供は学校に来るな!」である。当時の社会状況で言えば最後の言い方が当てはまっているのでと思う。


この差別的な目線の「足手まといの障害などがある子供は学校に来るな!」は、養護学校義務化にも活かされ、生まれ育った地域の学校と分断するように全国的に養護学校が作られていったのである。


私の場合、1967年生まれなので養護学校義務化以前なのだが、就学前検診で引っ掛かり、養護学校に家族と一緒に見学に行くのだが、大人の顔色を見て自分の危険性を察知できるような、ませた子供だったため、瞬間に「ここ(養護学校)に入れられてしまう!」と思い、ありとあらゆる力を絞って泣いてみせた。当時の私は障害を持っている自分が大泣きをすることで、その場から逃げ出せるということを知っていた。


案の定というか、偶然にも「このぐらい元気のある子なら普通の学校でも大丈夫でしょう」という事で、養護学校域は免れ、地域の学校に行くことになる。私が泣いたことで家族には恥ずかしい思いなど迷惑をかけてしまっただが、今振り返ると我ながら生きる知恵って凄いと思っている。


現在、青い芝の関係で地域に住む障害児の就学に関する情報が入ってくるが、当時私がやった泣き落としのような抵抗を、障害児をも持つ親御さん、特に目立つのは母親の姿である。堂々と教育委員会と渡り合い、地域の学校に就学先として勝ち取っている。


私は、養護学級は少額4年5年の2年間経験しているが、養護学校の経験はない。その代わり36歳からの定時制高校という変わった学歴を持つ。そんな私が私なりの障害児教育つまり教育共生を、このプレジョブのブログで語っていきたいと思う。地域に普通校に通っていたからこそ言える事もあるのではないだろうか?


次回から記憶を辿りながら書いてみたい。

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