生存権のたたかい 新「人間裁判」


以下のNPO抱樸の記事

DaiGo氏の差別発言に関する見解と経緯、そして対応について | 認定NPO法人 抱樸(ほうぼく) (houboku.net)


すこしだけ補足:

ぷれジョブ🄬は生存権保障の活動です。

うまれたままの手つかずの状態INTEGRTYを第一に大切にする活動です。

「人間裁判」は関係者なら知らない人はいないくらい有名な歴史ですが、

法律や憲法にかかわらない人にとっては初めてかもしれませんのでリンクを貼ります。

25条生存権に実際の中身を盛った全国的な戦い、

朝日茂さんが亡くなってからも裁判は引き継がれて、

燎原の火のように拡がった運動がかつて日本にもありました。

ぷれジョブ🄬は、ここが原点です。

NPO 朝日訴訟の会 ホームページ (asahisosho.or.jp)



ぷれジョブ🄬は

福祉でもなく教育でもなく、

就労支援ではなくキャリア教育ではなく、

予防でもなく準備でもない。とご紹介するのは、

この生まれたところといきさつを知っていただければ、

ご理解いただけると思います。



ぷれジョブ🄬はともかさんの息で生まれましたが、

そのともかさんが生きて居たのが「人間裁判の碑」の朝日茂さんの暮らしのかつてあったところでした。ともかさんが亡くなつてから15年以上たったとき、それに気がつきました。

遺伝子に人間の手が入り、生命の優劣を決めるようになり、発達という名前で到達度を決めて治す、治らない障害は手を入れる、それでも治らない障害は排除、ダウン症はアイスランドではすでに生まれません、政策で決められ、営利とする企業も顕われました。


新「人間裁判の時代」に入りました、

と2012年仙台全国ぷれジョブ協議会立ち上げで皆さんにお話したことも思い出されます。



早島支援学校院内つくし病棟(元結核病棟の立ち並ぶ場所)のベッドサイドから、

朝日茂さんの戦いの息のあったところから、

はじまったぷれジョブ🄬。

存在について「ひとにものを考えさせるジョブ」をするいのちはかけがえのないいのち。


どうぞ、趣旨に賛同される方は連なってください。

寄付や会費の使い道 | 一般社団法人ぷれジョブ (purejob.net)





以下本日の投稿です。


西:ぷれジョブも自立支援に巻き込まれ続けた20年ですが、生存権保障、この立ち位置を守るためにお金をかけて名前を商標登録し、時間をかけて全国に話をしに行き、仕組みと趣旨は知的財産とし誰でもできるよう守っています。 それくらいしないと、この活動を守ってこれなかった社会はますます加速しています。


お金を生むか生まないかで価値を測る社会

税金を使うか使わないかで価値を測る社会


それに向かう風に対抗せず、それから降りる1時間をこの世においてみる

そういう歩みを止めずに、

ぷれジョブはご寄付やサポート会員さんの力で生き延びています。





NPO抱樸の記事に対して稲葉剛さんの投稿:【「自立支援」と生存権保障】 本筋からは外れますが、NPO法人抱樸の奥田知志さんの声明で、私が引っかかっているのは、下記の記述です。

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さらに「謝罪」動画においてホームレスの就労率のことに触れられていましたが、自立に向けた支援が必要であることは言うまでもありませんが、「頑張っているか、いないか」が命の価値づけの基準となってはいけません。自立支援という事柄と生存権や命の普遍的価値の事柄は別の事柄です。第一に命の普遍的価値が確立されなければ、自立支援は成立しません。これが逆転してしまう事態、すなわち「自立できる人だけ支える」ということになってはいけません。

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果たして、「自立支援という事柄と生存権や命の普遍的価値の事柄は別の事柄」と言い切れるのでしょうか。 この20年の動きを見ると、本来は「別の事柄」であるはずの2つが政府によってリンクさせられていることがよくわかります。

厚生労働省は「自立」とは「日常生活自立、社会生活自立、経済的自立」であるという「3つの自立論」を公式見解にしていますが、実際は、「自立」=「経済的自立」に切り縮めようとする動きが加速してきているのは、周知の事実です。

2013年には生活保護基準の過去最大の引下げという生存権の切下げと、生活困窮者自立支援法の制定がセットで行なわれました。

本来は、生存権保障が最優先され、その上で本人の権利として「3つの自立」の支援が行われるべきなのですが、それが「逆転」する政策が進められています。

こうした政策動向に、私たち民間の支援者も加担してしまったのではないか、という反省が私にはあります。

私自身は、2013年の生活困窮者自立支援法には生存権保障を後退しかねないという理由で反対しましたが、2002年のホームレス自立支援法には賛成の立場でロビー活動を行いました(奥田さんたちと一緒に議員まわりをしました)。

当時としては、野宿から抜け出すための支援策が一歩でも進めばという意識でしたが、小泉政権時代の日本社会を覆う「自立支援」イデオロギーを受け入れた上で、その枠内で改良をめざすしかないという諦念もありました。

その後、生存権保障よりも自立支援が優先するという政策が次々と打ち出されていきました。それは当然、社会の意識にも影響を与えたと思います。

「自立できる人だけ支える」仕組み作り、生存権保障よりも自立支援が優先される風潮に、民間で支援に取り組む私たちも加担してしまったのではないか。この20年間を振り返って、考え直したいと思います。

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