絵本『パパのカノジョは』


『パパのカノジョは』 ジャニス・レヴィ作 クリス・モンロー絵 もん訳 岩崎書店 2002年1月初版発行



大胆不敵なこのタイトル。なかなかお目にかかれないお題です。

でも、読んですぐに「あ、これいいな。」って思いました。パパのカノジョいいなって。 タイトルからわかるとおり、主人公はパパの子ども、父子家庭の女の子。

そこに新しい大人の女性が入ってくるんです。パパの新しいカノジョとして。

新しいというのがまた女の子にとって慣れてる様子。当然、女の子はツンツンしていて素直には受け入れません。しかもパパのカノジョは、実際とにかくかっこ悪くて、変で、意味わかんない訳です。 ハリネズミみたいに警戒して距離を取り好戦的な態度の女の子。表紙を見れば一目瞭然。この受けて立つぞ、かかってこいな構図。私とは関係のない、パパが付き合ってる人間という距離が透けて見えます。

でもね、一緒にいると不思議なことにもっとおかしな人だとわかってくるんです。

例えば...

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パパのカノジョは

あたしのはなしを テレビをけしてきいてくれる。 ひみつはひみつにしといてくれる。

あたしがうまく話せないときでも、口をはさんだりしない。


スペルのテストをするときに、

できなくてくやしかったら、

ドアをバッターン!ってしめてもいいんだ。

そして、あたしにぜったい、バカっていわない。


(中略)

あたしのものを

ガラクタっていわないし、かってにさわらない。

じぶんでかたづけるなら、ちらかしたっていいんだよね。


(中略)


パパのカノジョは

あれこれ命令しないし くどくどお説教もしない。

それに、いつまでも いつまでも おこってないんだ。 -------------

だんだんだんだん、何かが変わってきます。この人は普通の大人じゃないみたい。変わった趣味。へんてこなセンス。そのことを隠しもしない。自分におもねらない大人。だいたい普通の大人ってなんだろう?いままでと何かが違う。その証拠に、これまでで一番長くパパと続いているんです…。


そんなエキセントリックなカノジョに女の子の心がゆっくり確実に開いていきます。



子どもが育つときに必要なものって何だろうと考えてみました。


良い環境?良い親?良い絵本?良い友達? 水と太陽。うん、それ大事。必要。風も吹くとイイなって思う。…一見関係ないように思えるけど、子どもにはいつも良い風が吹いていて欲しい。

そう言えば自分の子どもが小さな頃は、この小さい生き物が何を考えているのか、何に興味あるのか興味津々だった。わざと寝転んで同じ高さから部屋を見回したり、目線を合わせてご飯を食べるために階段で朝ご飯を食べてみたり。

あるとき長女が買ったばかりの寝巻きを着たままハサミでちょっきんちょっきん切って笑ってるのを見て、一体これは何なんだと思った。なんでそんなことするのか知りたくて真似しようとしたけれど、私の理性が邪魔をしてとうとう断念したり、いよいよ感心したりした。

いつだったか、まだ園児と小学低学年だった娘2人と公園で遊んでいて、「帰ろうね」って言わなかったらいつまで遊ぶのかとほっておいたら、夜の7時まで付き合わされたこともある。夏だったので薄暮の夕暮れどきだったけど。こんな小さい人たちがこんなに長く遊べるんだと私は唸るほど感心してしまった。そして娘たちが自分たちから「もう帰る」と言ったときの、あの満たされた顔。私は疲れて退屈もしたし勝手に我慢比べだったけど、娘たちに付き合って私が得たものはこの顔だった。仏様みたいな顔。これは得難く貴重なものだったと思う。 こんな風にいままで感じたこともない新鮮な気持ちを一緒に味わって、高い遊ぶ能力を見せつけられて、新しい世界で一緒に遊んで貰うという私がもてなされている状況。私から何かを与えることのできるものは何一つなく、私にできることはただ「彼女たちに上手にもてなされること。」これに尽きると思ってしまった。そして彼女たちが大きくなるにつれ、彼女たちが必要なとき「ただ一緒にいればよい。」と思うようになった。たまたま同じ時代を生きる同志のように。 良い環境、良い絵本、良い親そして親の愛。 これらは、もちろんそうかもしれませんね。でもその「良い」は誰にとってなのか、考える必要はあると思います。私が子どものことを考えるのも親の愛だと思います。でも世の中には片親だったり、両親ともにいなかったり、いろいろな状況の子どもがいるわけです。それでは子どもはちゃんと育たないのでしょうか。そんなことはないですよね。だから絶対に必要とは思いません。 子どもにとって、自分の周りに「信頼」のおける大人がいたら、自分を尊重してくれる心に触れられたら、大事にされていることが実感できたら…ちゃんと自己を形成できて、育っていくのではないでしょうか。 この絵本はいわゆる片親の家庭に、新たに母になるかもしれないという微妙な人がやってくる子どもの目線から見ているお話です。パパの彼女というシチュエーションもセンシティブなはずですが、登場人物がとてもユニークでそこに愛と尊敬があるので、実に軽やかで風通しが良いのです。 現代社会はこれまでの価値観だけでは収まらない、いろいろな家族の形があります。それでいいんじゃないかなと思います。人と人の関わり方に正解はありませんし、一つでもないと思うからです。

パパのカノジョを最後は名前で紹介してくれる女の子。上手くいきそうな予感を大いに感じさせてくれる最後。気持ちの良い読後感です。

最後に原題に触れておきたいと思います。 元々のタイトルは「Totally uncool」=とにかくカッコ悪いって感じ。 翻訳を担当したもんさんの絶妙な訳出にも感心してしまいました。 表紙見返しに

------------- 「カッコいい」

「カッコわるい」って

どんなこと?

すっごくカッコわるい

パパの新しいカノジョ

と、あたしの

微妙な関係・・・。 ------------- とありました。

最高にカッコわるくて、最高にカッコいい「パパのカノジョ」が気になる人はぜひ読んでみてください。大人から見ても最高にクールな人物です。 ※イタリック部分は本書『パパのカノジョは』から引用しています。

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