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『きりん』を読む・序

更新日:2023年8月21日


「浮田要三と『きりん』の世界」展(小海町高原美術館)第一展示室壁面



 ちょうど去年の今頃は、9月中旬から開催した「浮田要三と『きりん』の世界」展を記念して制作したリーフレットの編集が佳境に入っていた。

 わけても、NHKラジオ深夜便で浮田さんが語られた音声を文字に起こす作業は、特に印象が深い。2008年12月の収録だが、同年夏に念願だった『きりんの絵本』が発刊されたことを、実に感慨深く語っておられる。


 ここにある表紙絵の一枚一枚に、深い思い出がありますねぇ。

 時間、ですね。ここには、時間が非常に「具体」化されますね。ボクから見ますと。抽象じゃなくて、非常に具体化された「時間」を感じますね。まぁ、大袈裟に言えば、『これでいい』と思いますね、ボクは。ボクの生涯は。ライフワークとして。


 9月17日の展覧会初日に加藤瑞穂さんの「『きりん』と具体美術」と題した講演を拝聴した。加藤さんの浮田さんとの出会いが、1995年7月15日から芦屋市立美術博物館で開催された同名の展覧会であったというお話を、その時の私は深い考えも無くお聞きした。 

 1995年1月17日の阪神淡路大震災からまだ半年しか経たない時期に、この展覧会は「親子で楽しむ美術館」という副題を付して開催された。

 今、あらためて、私はこの展覧会に籠められた意味の重さを考えている。

 それは、児童詩誌『きりん』が1948年の2月に、戦争の傷痕も生々しい大阪梅田の地で産声を上げたことを連想させるからだ。

 この展覧会の準備過程で、加藤さんは浮田さんから『きりん』166冊の表紙絵を納めた35ミリのスライドを預かり、それを手札サイズにプリントしてファイルにまとめられた。

それを受け取られた浮田さんは、大変喜ばれたという。冒頭の引用が、その述懐である。

 加藤さんは「それを手に取って眺められ、『ああ、自分はこういう仕事をしたんだなぁ』とご自身で再認識されたように思います」と述べられた。

 若き日の14年余にわたる『きりん』編集時代を三十数年を経てつぶさに見つめ直された浮田さんの胸中に去来した感慨は計り知れない。

 この構想が2008年夏『きりんの絵本』に具体化されるまでに、実に13年を要した。

 私は、この時、最初に「『きりん』の時間」が変容したと考えている。浮田さんご自身の言葉を借りれば、正しく「非常に具体化された『時間』」に、である。

 私自身が、2012年の春、手に取れる形で『きりん』に触れ、それに衝撃を受けた。

 そして、ここから10年を経て、「浮田要三と『きりん』の世界」展が実現された。先の『きりんの絵本』発刊から数えると、14年である。小海町高原美術館における166冊の壁面展示こそは、「『きりん』の時間」の二番目の変容であった。

 私自身、会期最終日の朝、この展示を『きりん』絵巻に見立ててその変遷を辿る読み解きをさせていただいたが、あたかも年表のように時間の連続性が見て取れるこの展示が、現在に至るまで私を触発し続けて止まない。

 この春から、上田市のエディターズミュージアムに通って、創刊号から『きりん』を精読する作業を続けている。一冊ごとに時間をかけ、劣化しつつある冊子のページを開く行為は具体化された「時間」に全身で入り込む意味を持つ。

 『きりん』を読む私は、誌面に漲るメッセージが決して過去の遺物ではなく、真の意味で現代的(contemporary)な問いに充ちていることにたじろぐ。

 来月以降、月2回の頻度で、シリーズ「『きりん』を読む」を発信したい。乞うご期待。

                             (2023年8月18日)

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