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個人の問題にされる就労支援

格差拡大の果て 橋本健二さんの話は私の感覚とまったく一致する話だった。


長野史郎岡山県知事の時代のツケで財政再建団体となった岡山県は公立学校教員をいち早く非正規雇用で埋めた。正規雇用の私は非正規雇用の先生と表面的に仲良くやったが、搾取している気持ちがあった。図書館司書の先生の当然の不満も聞いていた。



非正規雇用のアンダークラスと呼ばれる層と分けられた職場を経験した。まだ格差が見えた時代、50歳前半から30歳後半の人から搾取した対価がどこに向ったか、よくわかる。



今は完全に分かれ、本質の見えない、または日和ったリーダーの手で、個人の問題にされ、就労支援という名前の構造的搾取に取り込まれた。それに抵抗したぷれジョブの歴史。



おかしさに気づいたとき動かなければどうなるか、経済格差が人の気持ちを戦争に向かわせる歴史を知ると「果て」という言葉が真実味を帯びて聞こえる。


お話ではまだ日本に残るかすかな可能性が語られるが、、

私はそこには最早共感できない。


「今は完全に分かれ、本質の見えない、または日和ったリーダーの手で、個人の問題にされ、就労支援という名前の構造的搾取に取り込まれた。それに抵抗したぷれジョブの歴史。」


『ぷれジョブは就労支援ではなく存在支援』の声は、障害者の就労支援に国策としてお金がついたとともに消された。A型就労に結び付けたり、障害者雇用の看板から助成金をもらったり、群れる人はぷれジョブの名前と方法を盗んだ。10年経てば、厚労省の人事も変わり、国策は変わり、障害者就労事業へのインセンティブは下げられた。同時に以下になる。


金と名誉が欲しい健常者が新事業に群れる ⇒ 国策が変われば障害者がはじき出される



群れた健常者や保護者が「支援」の名のもとに、「女」や「子ども」の自立を搾取する貧困ビジネス団体と化した。差別構造に加担していることに気づいてほしい。


『ぷれジョブは就労支援でなく存在支援』生活保護と同じところに在る青色の活動である。

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