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『芹が谷やめとく。』

 ひとつの観念、思想、言葉はいくつかの溶け合うことのない声たちによって現わされ、

それぞれ別々な響きを奏でる。

                                ミハイル・バフチン


 表題は、昨年8月22日の土曜日に、長野県小海町で開催した第1回映画『道草』上映会+対話会の席上、宍戸大裕監督により紹介された作中の登場人物尾野一矢さんの発言です。

 2016年に起きた、19名の無辜(むこ)なる人命が奪われた津久井やまゆり園事件の生還者の口から語られたこの一言が、新型コロナウイルス感染症の影響下、月1回のペースで続けて来た私たちの「対話会」の通奏低音を成しています。

 9月の第2回目には、監督のご紹介で一矢さんのご両親(尾野剛志さん・チキ子さん)がご参加くださいました。肉親を傷つけられた家族が事件以来辿られた苦難、息子さんの独り暮らしがもたらした新しい家族のかたち、ヘルパーの大坪さんとの出会いなど、聴く者の心を揺さぶる内容が胸に刻まれました。(以後、ご夫妻は毎回ご参加くださっています)

 10月の第3回目には、北九州市小倉を中心に長年ホームレスの方々を支える活動を続けて来られたNPO法人抱樸理事長の奥田知志さんと宍戸監督をお迎えしました。映画の内容を糸口に、ぷれジョブ発案者西幸代さんと奥田さんとの対話では、「家族機能の社会化」に支えられる共生社会や、「個」を尊重するゆるやかな関係性について語り合われました。

 11月の第4回目には、奥田さんの語る動画を視聴して「障害者は不幸しか生まない」という思想の危険性について考え『大変だけど、不幸じゃない。大変だけど、おもしろい』という視点で参加者が語り合いました。沖縄から参加してくれた少年は、分け隔てのない社会の実現に向けた「地域を耕すはたらき」を、身をもって発信してくれました。

 12月の第5回目には、重度障害の息子さんとぷれジョブに参加しているお母さん、重度の知的障害のある息子さんの高校受験を応援するお母さん、そして25年間入所施設に居た息子さんの自立を喜ぶご両親が、新たに映画『道草』の現場近くで息子さんにぷれジョブを経験させたいと願うお母さんに温かいエールを送る素敵な時間を分かち合いました。

 1月の第6回目には、尾野夫妻のご紹介により、一矢さんの新しい生活を2年前から支えておられるヘルパーの大坪さんがご参加くださいました。身体障害者の介護保障を訴え続けた新田勲さんを長年支えられたご経験や一矢さんご家族との出会いについて拝聴しました。「家族を超えた関係を新しく築く時代」という言葉に、私たちの道行きが示されました。


 そして、来る2月27日(土)の対話会には、ついに尾野一矢さんがヘルパーの大坪さんとご一緒に参加してくださることになりました。


 去年の夏、初めて『芹が谷やめとく。』という言葉を聞いた瞬間、私はその背後に19人の死者たちの生きた歴史が立ち昇って来るのを覚え、息が詰まりました。その後、ご両親の口からご家族の物語を拝聴して、この一言が彼の『独立宣言』であることを悟りました。

 9月以来、月1回尾野夫妻をお迎えして重ねられた私たちの対話は、冒頭に掲げたロシアの思想家が唱えたポリフォニー(多声楽)のごとく、ひとつの流れを生み出しています。

 今回、その流れの源となった尾野一矢さんを対話の場にお迎えするに当たり、あらためてこれまでにご参加くださったみなさまお一人おひとりに、カイロス(私たちに思いがけなくもたらされる機会としての時)の到来をお知らせしたい気持ちになり、一文を草しました。

                           

                          2021年2月19日 宮尾 彰


尾野剛志さんから届いたオリジナルTシャツ『尾野一矢 神奈川県自立生活実践者第1号』

 



    

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